『ミッドサマー』は宗教か伝統か規律と不文律の交う世界で衝撃の結末!何度も観たくなる伏線の嵐:動画配信・映画感想あらすじ考察
映画『ミッドサマー』は2019年アメリカ・スウェーデン合作の"フェスティバル・スリラー’’とも題される明るいホラー映画!妹の死により不幸のどん底にいたダニーは恋人クリスチャンの誘いによりスウェーデンのホルガ村で夏至祭に参加することになるが、九日間の夏至祭で行われる祭礼は次第にダニー一行を変容させていく・・・
映画『ヘレディタリー・継承』にて衝撃のデビューを果たした
新進気鋭の実力派監督アリ・アスターによる、さらなる衝撃の最新作!
前作と同様にホラーというジャンルではあるものの、その内容はホラー映画という言葉だけで形容するにはあまりにも言葉足らずであり、異質なものを感じる
結論から入ると、まあ前作をご覧になった方なら容易に察しが付くでしょうが
この映画には何一つとして救いがありません(笑
出てくる主人公側の人間は、ほぼほぼ死んでしまうし、主人公のパニック障害持ちメンヘラ女ダニーちゃんのたどる結末も客観的に見ればバッドエンド以外の何物でもありません。
このメンヘラ状態でさえ、終わってみれば、大したことなかったと思うほど
ラストは衝撃です
それでも、どっぷりはまってしまう魅力があります
そうです伏線やら啓示的なものの嵐なんですよ。視聴側で勝手に話を盛り上げられる、考えさせられるってのが無い寄りのポイント高!
巷では「見たことをただひたすらに後悔する映画」なんて言われてたりもしますが、正直言って大いに同意します。いやしてました。この映画の真の魅力に気づくまでは・・・
そう、それは映画への賛美でしかないでしょう
”ほげる”的には、
間違いなくおすすめの作品です
☆5のおすすめ(5点満点)
それでは見ていきましょう
あらすじ ネタバレあり
大学生のダニーは薬を常用しなければならないほどの精神疾患を抱えていた。
ある冬、同じく精神疾患だった妹が両親とともに無理心中してしまう。自身の病気と家族を失うというトラウマに苛まれ、ぎりぎりの精神状態のダニーに対して恋人のクリスチャンは彼女を重荷に感じながらも別れを切り出せずにいた。
翌年の夏、ダニーはクリスチャンが、とともに参加したパーティで彼の友人のマーク、ジュシュと一緒に同じく友人であるペレの故郷であるホルガ村へ訪れる予定であることを知った。
大学で文化人類学を専攻するクリスチャンは学問的興味からもホルガ行きを決めたが、ダニーにそのことを隠していた負い目や、話の流れから仕方なくダニーも誘うことになってしまう。
ペレの案内でホルガ村を訪れたダニー一行は、眼前に限りなく広がる草原という美しい風景や、白い服を着た親切な村人たちに魅了されていく。
そこで別の場所から来たサイモンとコニーの恋人たちに出会い、合流する
村には夜が存在しているものの白夜のためいつまでも真昼のような明るさである。翌日からの夏至祭はいわゆるペイガ二ズムの祭りであった。そうとも知らないダニー一行は不安と恐怖に襲われることとなる。
夏至祭の儀式は淡々と進んでいくが、村の年長者の男女二人が崖から飛び降りる棄老の儀式が行われるとダニーらよそ者一行は激しく動揺する。すぐさま村を離れようとするダニーたちだが、ペレの懇願とジュシュの論文のことを考え、ホルガに残ることになる。
マークは村の神聖な木に立小便わしてしまい村人の反感を買う。
一方同じくよそ者のサイモンとコニーは村を出ようとするが、村人からサイモンは先に行ってしまったという話を聞き、混乱したコニーは一人で村を出ていくが、その直後、遠方でコニーと思われる女性の叫び声が響き渡る。
失なわれつつある伝統的な儀式に魅了されたクリスチャンは、ホルガ村を論文のテーマにすることを決めるが、ジュシュには自分のテーマを盗もうとしているように映り二人の関係は険悪になる。
夕食時、村の美しい女性に誘われマークはどこかへ消えてしまう。その夜、ジュシュは禁止とされている聖書を盗撮するが、マークからはぎ取った体の皮をかぶった者に気絶させられ連れ去られていく。
翌日、ダニーは村の女性が参加するメイポールダンスの大会に出場し、優勝してメイクイーンとなる。一方でクリスチャンも全裸の女性たちに囲まれ強姦されていた。
その光景を見たダニーはパニック障害を起こし、ついてきた女性たちもダニーをまねて一緒に叫ぶ。儀式後、我に帰ったクリスチャンは、地面に突き刺さったジュシュ、灰を翼のように広げられ殺されたサイモンを目にした後、再び眠らされる。
儀式の総仕上げとしてクリスチャンも含めたよそ者、そして村人二人を合わせて、九人がいけにえとして祭事の家ごと燃やされてしまう。
恋人を燃やされるダニーが、クリスチャンと目が合ったかのようだが、
その顔はどこか満足げに微笑んでいた・・・
映画情報&キャスト
『ミッドサマー』 2019年 アメリカ・スウェーデン合作
原題:midsommer
【監督】アリ・アスター
【脚本】アリ・アスター
【製作】ラース・クヌーセン
パトリック・アンデション
【出演者】
ダニー(フローレンス・ピュー)
:両親と妹を亡くし、パニック障害を抱える女学生
クリスチャン(ジャック・レイナー)
:ダニーの恋人
ジョシュ(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)
:クリスチャンの友人 ヨーロッパの伝統的な祭事を研究している
マーク(ウィル・ポールター)
:クリスチャンの友人、軽率で軽薄な性格
ペレ(ヴィルヘルム・ブロングレン)
:クリスチャン達の友人、スウェーデンのホルガへ誘う
サイモン(アーチー・マデクウィ)
:イングマールの招待をうけホルガへ!コニーと婚約している
コニー(エローラ・トルキア)
:サイモンの婚約者
超感想中心の評価考察・レビュー
詩的ですらある意味の分からなさ
2回3回と、映画を観るも
真の意味の理解にはたどり着けないのかもしれない。
ホラーと言う定義だけで語るにはあまりにも、稚拙な気がする
いやほんとにわからないんですわ(笑)
例えば、本作のラストシーンについて
アスター監督は
「ダニーは狂気に落ちたものだけが味わえる喜びに屈した。ダニーは自己を完全に失い、ついに自由を得た。それは恐ろしいことでもあり、美しいことでもある」
と脚本に書き付けたらしいですが私からすれば???
って感じです。
まあ何となく言いたいことはわかるんですが、正直納得がいく、というような感じではありませんね
ホラー映画全般に言えることですが、この映画ではより一層、謎が謎のままであり、
登場人物たちの行為も共感できるようなものでもないです
ただ、強いて言うならばそのわけのわからなさこそがこの映画の魅力であり、当方も惹かれ、のめりこんでしまった理由なのかな~と思いますね
ミッドサマーの原点『ウイッカーマン』との類似性
『ミッドサマー』を見た、映画通は誰もが思うのではなかろうか。ウイッカーマンとの類似性ですよ
たぶんあまりメジャーって映画ではない気がします。
過去に2度ほど、映画化された『ウイッカーマン』という映画が元になったって話があるんですねー
『ウイッカーマン(1973)』、『ウイッカーマン(2006)』、そして最新の『ウイッカーマン final cut』
あらすじとしては、こうだ
孤島サマーアイル島で、行方不明になった娘を捜してほしいと刑事の元に知り合いから手紙が届く
刑事はサマーアイル島では奇妙な風習がそこかしこで見られた、社会から隔離された世界で行方不明の娘を捜すが島民たちは巧みにはぐらかすのだった。
島の祭りで行方不明の娘が生贄にされると思いいたった刑事は驚愕の事実に直面していく
どうです?
めっちゃミッドサマーの雰囲気ありますよね?
宗教観や伝統感とか・・そして規律があるようでいて世間の規律ではなく不文律・・
実際、奇妙な風習として人身御供的なシーンやラストに繋がる布石など様々な箇所が、ミッドサマーの原点となりえるでしょう
アリ・アスター監督自身もその影響を公言していますので、間違いないですね
- 土着の信仰 ×キリスト教批判
- センターポールを囲んで祭事
- アンニュイな島民の世界観 されど何かの規律性あり
- 感情豊かな表情に無感情・無感覚な島民たち
- ラストシーンでの火あぶり
などなど、
土着の神や伝統的な規律のヘンテコ差を際立たせていますね
まだの方はぜひ、ご鑑賞ください
狂気の讃美歌に笑える
ほんとにこの映画には訳の分からないシーンがたくさんありますね
クリスチャンの経験した性の儀式での、参加者の共感性の”喘ぎ”なんてその最たる例です
全裸のおばちゃんたちに囲まれながら、やたらとねっとりとした喘ぎ声を輪唱し、無我夢中に腰を振る。この光景を言い表すならまさに『狂気』という言葉が適切だと思います。
見たいようで、見たくないシーン・・・
そして、見てしまうと、ただただ、私はこのシーン面白くて面白くてしょうがないんですよね。作中の雰囲気的には全然笑えるところじゃないのにその様を想像するだけで口角が上がりまくります。
このシーンは、知る人ぞ知る、ドイツ映画の『ANIARA アニアーラ』のシーンにも被ってしまいます
人類行き着くとこまで行くと、”性に対しての解放”的な習わしってのが増えるのかもしれません
こういった感じで意味不明だけどなぜか面白い、というようなシーンのオンパレードなんですよね、この映画ホラーとコメディは紙一重先述したとおり、この映画には随所に笑ってしまうようなシーンが多々あります(私だけかもしれませんが)
人が死んでたり、強姦されたり、生贄にされたり。一般的に笑いが生まれる状況とはまったくもってかけ離れているのにどうしてこうも面白いのか。
元来ホラーとは、人を驚かせたり怖がらせたりするのですが、
近年のホラー映画では、真面目な行動や振る舞いの中に、常軌を逸したホラー性を求めているところがあります。そういった部分には思わず笑いがこぼれる点が沢山あるということですね
それはおそらく、登場するすべての人間が’’本気’’だというところにあると思います。
『ゲットアウト』、『インビテーション』同じくアリ・アスター監督の『ヘレディタリー』でもそうでした
ウケ狙いなんてだれ一人してません。ただひたすらに自分のエゴをぶつけて砕け散っていく、そんなある種滑稽とも思える行動が、とてつもなくユーモラスなんです。
しかし言葉では簡単に言えても、実際にそんな光景を映画にするなんてことは極めて困難なことです。なぜなら人間というのはいつだって他人を意識しており、ウケを狙ってない人間が日常にいるのは不自然だから。
ただ、ホラーだけは別なんです。自分のことで精いっぱいの時に他人のことなんて気にしてはいられない。だからこそこの映画は面白いんです。
アリ・アスター監督の奏でる幻想的な世界観
演出であったり、構図であったり、この監督は一見するだけでも多才であることがうかがえますが、何よりも秀でているのはその世界観の構築ではないでしょうか。
この映画では一貫してホルガ村のことが異質であるように描かれています
村人たちがずっと白い服を着ていたり、異様な宗教があったり。
その非現実的な設定が映画という空想と絶妙にマッチして、逆にリアリティを持たせてるんですよね。
ホルガ村の人々にとっては、殉教の旅であるように、その感覚は逆になります
日常がホルガ村であって、非日常のゲストが異邦人の訪れてくる人たち。
その排他的な空気感と、ゲストに対するおもてなしの規律と不文律
宗教なのか、伝道なのか・・・
そんな風だからより物語に没入してしまい、感情を引き出されてしまうんですよね。
アリ・アスター恐るべし。
“9"という数字の秘密
本作では、”9”と言う数字に特別な意味を持たせています
ホルガ村のある北欧では、本来9つの世界があるとされています
マイティソーの世界や、スターゲートの世界で語られていた神の世界アスガルドが出てくる北欧神話によると、アスガルドを中心とした世界観があります
原初の巨人ユミルの頭蓋骨の下に広がると言われている世界樹のユグドラシル!
世界観的には、実は『進撃の巨人』も微妙に絡んできて・・
そのユグドラシルを中心に、宇宙は9つの世界で構成されているされちえます。
極寒の世界ニヴルヘイム、死者の国ニヴルヘル、そしてニブルヘイムの真反対に位置する南方に灼熱の国ムスペッルスヘイム、そしてちゅしん店に位置する神の国であるアスガルドやミッドガルド、ヨトゥンヘイムが主だった世界で、この他の妖精などの亜神族が住む、ヴァナヘイム、アールヴヘイム、スヴァルトアールヴヘイムが宇宙のどこかに存在するとされて、合計9世界とされています
ミッドサマーでは、この9と言う数値が本当によく出てきます
犠牲になるのは、9人
9日間のフェスティバル
90年に一度の祭典であり、儀式
ルーン文字も9
人間の成長も、9の倍数で語られる
18歳 少年
36歳 青年
54歳 中年
72歳 老人
映画の中で数字も含めて、北欧神話や、その宗教や儀式感を完全に組みなおして作ってしまうところが凄い!
ちなみに、ちょっとこじつけすぎなんじゃあない?って説もいくつかあります
(すぐには、気が付かなかった・・・)
・72歳で(7+2=9)アッテストゥパンの儀式(飛び降りの儀式)
・midsommer の映画のタイトルが9文字
※ちなみにsummerでないのはスウェーデン語だから
本当は意識しているのかもしれないけど、芸が細かすぎて伝わりませんでした(>_<)
アッテストゥパンの儀式の謎
アッテストゥパンの儀式ってのは、どんな儀式化と言うとミッドサマーでは二人の老人が崖から岩にめがけて身投げして自殺する儀式です
その儀式では、72歳を迎えて旅立つように設定説明がありました
そして、このアッテストゥパンの儀式は北欧に本当に合った儀式です
近年までの研究で社、 老人二人が、アッテストゥパンの儀式とは、「一族の絶壁」と言われる儀式であり、昔話で言うところの姥捨て山(うばすて)ですね
そして、本作では、アリ・アスター監督がこれらの史実の儀式から練り直したものだと思います。
でも9にこだわっていたアリ・アスター監督が、7+2なんて数値でなく、9にこだわっていたと思うので、ここからは考察ですが、おそらく、アッテストゥパンの儀式の先に老人たちのもう一つの世界があるのだと想定します。
本作の中では、生や家族からの”自立”と言う世界観があって、9×9の世界として81歳までは生きているかのように扱われているのではないかと推察しています
コニー&サイモン 生きてるかも(血の鷲)・・考察
イギリスから来たカップルのサイモンとコニー
明確に描かれていない、その行方が気になりますね
彼女は、恋人のサイモンと一緒にイングマールから招待を受けてホルガまで来ましたが
映画の中では途中で消えます。
なんか余計に気になりますが、彼女は死んでいますね、はい。
- ホルガの昼間のような夜に、悲鳴が響き渡ったこと
- ラストの火葬場へ運ばれるカートに乗せられていた
まあ、サイモンも明確に書かれていませんが、もっとグロいです。
生きている可能性がありますね
サイモンは、村人の説明ではコニーに内緒に早々に村を去っていったとのことですが、見事に
いや、残忍に殺されて死んでいます!?
クリスチャンが見つけたサイモン
その姿は、納屋の天井から手足が吊り下げられ
背中はざっくりと、切り裂かれぱっくり開いています!
ここで衝撃のシーン
なんと、背中から、中身が丸見え!
キモイの恐ろしいのってありゃあしないんですが、
ぱっと写ったシーンには、さらにキモイものを連想させます。
映った肺がドクドクピピクと動いています。
死んでいると書きましたが、サイモンは生きていたかもしれません。
こんな処刑嫌だ。。
この処刑方法には立派な名前があり、「血の鷲」(Blood Eagle)
と呼ばれ、バイキングの処刑方法だったようです。
ま、肺が動いていたのは、ドラッグでおかしくなったいてクリスチャンが
みた幻想の可能性も否めませんが、ホルガではありですね。。。
ラストの考察 ダニーの笑顔の行方(ドリカムじゃあない)
映画『ミッドサマー』では、それは胸糞の悪くなる常人では受け入れることのできないラストがまっています。
世界から集められた招待者達を生贄としてささげ、さらに人数が足りていない時には自分たちのコミューン内から二人を募って、豊穣の神様へ火葬して捧げます
その時のホルガ村の二人の表情が、忘れられません
1人は、犠牲んあることに対してみ人の迷いもなく
もう一人は、犠牲になる覚悟はあるけどやっぱり怖い
こう見て取れる、演出が凄い!
そして、物議をかもすのが、
火あぶりになるクリスチャンに対してのダニーのほほえみ
考察として、ざっくり
1)浮気したクリスチャンに対してメンヘラ女的な「ざまーみろ」
2)自分はホルガ村のコミューンの一員
3)自分はもう逃げられないという悲哀の笑い
見直すたびに考えは変わりますが、3)ではなかろうかとの想いに至りました。
クリスチャンとの関係は終わりに向かっていて、浮気の一つや二つはなんにも気にしないと思われますし、真のホルガ村のクイーンになれていれば、2)と言うのもあるでしょう。
でも、いくらメンヘラ女と言っても元恋人を焼き殺す選択はないですよね。クイーンなら止められたはず。そう考えると、ダニーは操られているだけのホルガ村の傀儡的な存在
ラストのシーンには、色々と思惑が隠されていそうですね
映画の感想まとめ
『ミッドサマー』は本当にいい意味でも悪い意味でも人々の心にのこり続ける作品だと思います。
主観的に言わせてもらえば、間違いなくお勧めできる作品です。ホラーが好きな人はもちろん、苦手な人にだって新しい風をふきこんでくれるきっかけになるかもしれません。
この記事を読んでいただいたあなたになら、きっとこの意味が分かるはずです。
本作は本当に素晴らしい作品でした!
また、何回も何回も本作を見てみると、
シーン、伏線など新たな発見があること間違いなしです!
ほげる的には
おすすめの作品です。
独善的評価[5段階]としては
映像・音楽 5
キャスト 5
ストーリー構成 3
初見で読み取れない謎 5
いつも通り、この映画の評価も毎度同じでが、 基本どんな映画でも大好きな”ほげる”としては、に面白い作品と思います
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