映画感想『ノクターナル・アニマルズ』芸術性抜群の名作たる映像美!ラストの解釈は自分で決める投げやりな思いやりトム・フォード作品!

2020-03-11

映画『ノクターナル・アニマルズ』は、トム・フォード監督によるサスペンス仕立ての主人公の妄想回顧で織りなす不思議な映画です。主人公のスーザンが元夫から突然渡された小説を読む毎に、現実と小説の世界観の区別が入り乱れていきます。誰しもが見た瞬間から引き込まれること間違いなしのこの映画は、見る人それぞれで解釈と想いが交差して、決まった答えはでない映画の一つだが名作となること間違いなし!

ラストシーンまでの流れが十人十色で監督もそれを狙って作っています。

正直胸くその悪くなるシーンや流れも多々ありますが、

絶対見ておくべき、超弩級のおすすめ映画です

本来は、こういうラストや途中で謎が解明されない・解釈自由系の映画は苦手なのですが、この映画はそれも含めて面白かったです。

感想と考察も綴ってみました。

それでは、以下見ていきましょう

あらすじ

美術ギャラリーで成功して名声と豪邸を手に入れたスーザンは、旦那との冷え切った関係をのぞき概ね満足した人生を送っていた。 満足している人生を送っているはずが、不眠症に悩まされ数年眠っていない。 そんな彼女の元に、20年前に別れた高校の教師をしている前の夫エドワードから小説の草稿が送られてきた。 表紙には"For SUSAN"の文字が書かれ、『ノクターナル・アニマルズ』(夜の獣たち)とスーザンのことを比喩する言葉だった。 そこには筆舌しがたい、凄惨な内容が書かれた小説であった。 スーザンは徐々に現実の自分とエドワードを、小説の主人公に重ね合わせてシンパシーを越えた小説と自分の同一性を感じなから読み進めるのだった。。

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映画情報&キャスト

『ノクターナル・アニマルズ』イメージ画像

『ノクターナル・アニマルズ』 2016年 アメリカ
【原題】Nocturnal Animals
【監督】 トム・フォード
【脚本】 トム・フォード
【原作】 オースティン・ライト(英語版)
『ミステリ原稿(英語版)』
【製作】トム・フォード
    ロバート・サレルノ
【出演者】
スーザン(エイミー・アダムス)
 :美術商
エドワード(ジェイク・ジレンホール)
 :スーザンの20年前に別れた夫

トニー・ヘイスティングス(ジェイク・ジレンホール)
 :エドワードの書いた小説の中の登場人物 被害者の男
  妻と娘を殺される
ボビー・アンディーズ警部補(マイケル・シャノン)
 :エドワードの書いた小説の中の登場人物 警察
レイ(アーロン・テイラー=ジョンソン)
 :エドワードの書いた小説の中の登場人物 犯人

超感想中心の評価考察

トム・フォード監督のセンスと表現力

youtube.com 公式HPより

オープニングシーンから驚かされます。トム・フォード監督は美術家とのことでしょうから、現代美術へのオマージュとして太った裸婦がマーチングバンド風の出で立ちと帽子をかぶって踊っています。

恐らくこれは、ギャラリーの中で映されている動画ですが、そのギャラリーの中に人形とおもわれる裸婦が横たえています。

このマーチングバンド風の描写ってのは映画界の中で何か意味があるのかもしれませんね。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』での、リーガンが演劇中に自身を拳銃で撃った後に長回し1カット風の演出が終わる夢の中でも、マーチングバンドが出てきました。

少し脱線しましたが、この裸婦のイメージ、オープニングシーケンスとしては映像と音楽でまず圧倒されます、圧巻の表現と映像です。ルシアン・フロイド(現代美術絵画)の作品へのオマージュだと思われますが、強烈です。フロイドはあの精神分析のフロイトの孫息子に当たります。

このオープニングシーケンスだけで芸術センス抜群ですが、映画全体で音楽・映像美が、派手なカメラワークやCGなしに徹底的に作り込まれて表現されています。

同じく芸術を扱った『真珠の耳飾りの少女』、ホラーながらも高いセンスの『ベルベット・バズソー: 血塗られたギャラリー』など色々ありますが、本作では芸術そのものが対象の映画でないものの、高い芸術センスを感じます。

映像の一つ一つに高い芸術への意識が、横たわっているのを感じます。

特に、”空”や、”闇”の表現が抜群に上手いです。

一つ一つがただただ綺麗で、構図としてのバランスが非常に良いです

合わせて読みたい『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

ノクターナル・アニマルズ的な映画構成

映画の中で表現されているのは、
 1 スーザンの恵まれた状況
 2 元夫からの渾身の書き下しフィクション小説
 3 夫の浮気
 4 スーザンが小説へ没頭する
 5 スーザンの現実逃避、小説のキャラと自分をなぞらえること
 6 小説の終わり
 7 元夫との再会に向けての決意
 8 元夫現れない

こんな流れになると思います。
そして、一般的に話の流れとして書かれているのは、”復讐”がテーマとなっていますね。映画の中でもわざわざ復讐を彷彿させる芸術絵画も登場しますから。

元夫エドワードが自分を捨てたスーザンを見返すのが、この映画の主題としておかれていると思います。

ただ、この複雑な展開の中で真実と空想と小説がいり乱れて展開して、最後にどうなるのかハラハラ見ていくのですが、見事に監督のトム・フォード監督は、ラストシーンを投げ出してくれました

先ほど整理した構成の最後に何も起こらないのです。

ただ、元夫のエドワードがスーザンの前に現れなかっただけ!

不完全燃焼極まりない最後です。

ウンチク的な解釈で考察すると

復讐にテーマを置いてしまうと、途端に映画が矮小に思えてしまいます。

妄想系の映画だと、『ブラックスワン』とか、『アメリカン・ビューティー』アニメだと『パプリカ』あたりが思い浮かびますが、どれとも違うパターンの展開なんですよね。

正直、映画を鑑賞し終わったときに、”復讐”のキーワードでは、ピンとこなかったんですよね。

監督のロングインタビューの中でも、監督自身も色々な見方があり、「視聴者なりの視点で判断して欲しい」と完全にうっちゃっています。

とはいいつつ監督なりの解釈と言いたいことのメッセージ性は込められていると思います。

ここは映画好きとして、違う考察を誤解を怖れず最初に思い浮かんだことをいくつか考察してみたいと思います。

「夜の獣たち」のトニーはスーザンの映し鏡

小説を読む内にのめり込むのは、小説の主人公トニー自身がスーザンの写し鏡として見立ててしまっている。

スーザンがエドワードと別れてからの現状に小説のトニーを重ね合わせてた為で、そこにシンパシーを感じつつエドワードの文才に対して、感嘆し今の空虚な美術商の自分にはエドワードしかいない。

自分にふさわしいのはやっぱりエドワードであると、

昔の自分に戻っていくスーザンを表しているのではないかと言うことです。

現実世界での生活をするなかで、役員会議等での言動がエドワードへのメタファに飛んでいて擁護しサポートする気持ちが芽生えています。

最後に指輪を外し、リップを拭う(ぬぐう)のは、現状の生活への”さよなら”のサインです。

現実世界の夫:ハットンの存在が実は空想

現実世界の夫:ハットンはスーザンの妄想の産物で、スーザンは想像以上に空虚で孤独の中に生きていて、実は『夜の獣たち』そのものもスーザンの妄想で描いたものと言うことはないでしょうか。

ハットンが現実世界で生きている証拠らしきものは何もなく。

巧妙に映像のマジックだったり、妄想だったとしてもおかしくなく。(もしくは、とうの昔に別れている)

友達との会話で、そう取れなくもない部分あり。

娘の存在も実は、ハットンが非現実だとすると、

エドワードとの子供で元気に生きているとか!

妄想系の映画ならでは、こういう妄想をするのも楽しみの一つです。

4人の俳優がやばすぎるぐらい演技が巧妙

エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン
この4人はやばすぎます。

演技の一つ一つが引き込まれます。

  • エイミー・アダムス:目で演技します
  • ジェイク・ギレンホール:煮え切らない態度が光りすぎです
  • マイケル・シャノン:死を見つめてる警察官は圧巻です
  • アーロン・テイラー=ジョンソン:子猫ちゃんポーズで窓ガラスをかくのは、サイコです

エイミー・アダムス

本作の中心的にぶれない存在として、エイミー・アダムスの演じるスーザンがいます。

一つ一つの演技が素晴らしいのですが、目で演技する女性です。

流石アカデミー女優、トム・フォードは無茶な要求をいろいろしたのだと思います。インタビューでもそう言ってました。それにもこたえてしまうんですね。彼女は!

現実世界の中で鬱蒼とした気持ち、それから学生時代の金持ち娘が実家の意に反して文化的な男エドワードを選ぶところ、小説の中の貞淑な妻の役。どれもがスクリーンのこちら側にいる視聴者に訴えかけるような目で演技します。

彼女の目線の力は、『メッセージ』とかでもかなり感じました。もちろん他の作品でも光っていますがね。やはり『her/世界でひとつの彼女』とかの主役を支える役と本作のように主役で進むものでは、かなり目線がちがうと言うことでしょうね。

合わせて読みたいエイミー・アダムス

ジェイク・ギレンホール

個人的には、本作のジェイク・ギレンホールの表情が忘れられません。

ダン・ギルロイ監督の『ナイト・クローラー』の時のジェイクのようなしたたかなカメラ小僧ではありません。あんな計算だかい表情じゃあないんです。

現実世界の、エドワードは出てきません。出てくるのはスーザンの回想の中でのエドワード(スーザンが思いをはせるエドワード)であって、現実界の現代ではどこにも登場せず「夜の獣たち」を突然送ってくるキャラクターです。

小説の中の不幸なトニーがジェイクが演じて、これがまた刺さります。

普通の男性が、妻子を弄ばれて捨てられた後に、何もできない様の演技が物凄い響きます。胸の奥底から胸糞悪い感情とともに上がってくる、やるせない・どうしようもない感覚にジェイクの表情が重なっていきます。

自身の力だけではどうにもならない事、そこに立ち向かう勇気を持てない時の眼差し(まなざし)が見ている側に突き刺さります。

妻と娘を殺されたときの、「嗚咽」、「叫び」、「悲しみ」の表現がその時の美しい映像と相まって記憶に残ります。

合わせて読みたいジェイク・ギレンホール

海外の評価 2020/03時点

評価は、批評家・視聴者ともに、まま良い感じの数値ですね。もっと、こう評価されていてもいい映画だと思いますが、妄想系は視聴者毎に当たりはずれが激しいのかもしれません

imdbイメージ画像
Metascore
(批評家)
54
User rating6.3/10
ROTTENTOMATOイメージ画像
TOMATOMETTER
(批評家)
67
Audience75

映画の感想まとめ

とにかく、ただ、ただ、

芸術的な絵と、音楽の使いどころ

本当に、胸嘘が悪くなるシーンでも”綺麗”と言う思いが先に出てくる映画は中々ないです。

小説の妄想の中とはいえ、女性があれほど美しく殺されるシーンもないかもしれません。

ストーリーも個人的には、謎が考察出来ないような残され方はキライなんですが、この映画に限っては”考える”をテーマとして、好きになりました。

一人でじっくり見たい方向けの映画です。

✔妄想系の映画が好きな人
✔PG12的暴力描写に耐えられる人
✔ラストにモヤモヤ残るの好きな人
✔エイミー・アダムスとジェイク・ギレンホールが好きな人

こんな人には、おすすめです。

独善的評価[5段階]としては
 映像・音楽      5
 キャスト       5
 ストーリー構成    5
 初見で読み取れない謎 4