『アマデウス』アカデミーを席巻した歴史とフィクションが交錯する名作!神に愛された音楽家と妬み:動画配信・映画感想あらすじ考察
映画『アマデウス』は1984年の歴史サスペンス映画で、モーツァルトを題材としている。音楽家として活躍していたサリエリは、突如現れたモーツァルトの斬新な音楽性に惹かれつつも激しい嫉妬を覚えていき、傍若無人なモーツァルトに唯一無二の音楽の才能を与えた神に復讐を誓うのだった。神に愛された男と神に愛されなかった男が奏でる美しも哀しい二重奏
W主演のWアカデミー主演男優賞ノミネート、そしてアカデミーを複数部門を席巻したド級の歴史スペクタル・サスペンス・フィクション作品!
と、長い入りコメントをしてしまいましたが、
『アマデウス』は史実を基したフィクションであります
が、その映画として音楽の教科書のモーツァルト感覚で見てしまうと、
かなり衝撃を受けてしまうことでしょう。
清く正しい伝記映画ではなく、天才モーツァルトに出会ってしまったことで己の凡庸さに気づいてしまったサリエリの悲哀が心に深く突き刺さります。
それに、モーツアルトの旋律は品行方正な想像をしますが、彼は粗野で下劣なキャラクター設定、史実でも金遣いが荒かったとかの噂もあります。
それでは見ていきましょう。
めっちゃおすすめの作品です
☆5のおすすめ(5点満点)
感想中心となります
それでは見ていきましょう
あらすじ ネタバレあり
1823年、ウィーン。
モーツァルトの死に自責の念を感じ続け老境に入ったサリエリは、自殺を図ったものの命には別状なく精神病院に運ばれます。サリエリは訪れてきた神父に、
音楽人生を狂わされたモーツァルトとの日々を語り始める
音楽家になることを志してたサリエリは、理解のない家族により夢が頓挫しようとしていましたが父の死が転機となり、諦めかけていた音楽の道が開くことになります。以降サリエリは敬愛する神から与えられた音楽の才能を高め、オーストリア皇帝ヨーゼフ2世に仕える宮廷作曲家の地位に昇り詰める
音楽家として成功したサリエリの前に、音楽の神童として名を馳せていたモーツァルトが現れた
音楽の才能は誰もかなわない神の領域だった。それにそぐわない傍若無人なモーツァルトにサリエリは衝撃を受けるのだった。人間的にはダメでも音楽の才能がピカ一なモーツァルトは、ヨーゼフ2世の前で見事なオペラを披露する。
神に選ばれたとしか言えない才能を持つモーツァルトに嫉妬することしかできないサリエリは敬愛する神からモーツァルトを奪おうと決心する。
コンスタンツェと結婚したモーツァルトは家族を養うため音楽に精を出すが、家長としての忍耐さに欠けていることから仕事のチャンスを逃してしまい生活が困窮していく。さらに自分を音楽の道へ導いてくれた父レオポルトの死により、モーツァルトは精神的に不安定になっていくのだった。
そんなとき、サリエリはマスクとマントの黒装束で正体を隠し、モーツァルトに高額料金でレクイエムの作曲を依頼します。黒装束の依頼人に死神の影を見てしまったモーツァルトだが、依頼料が高額であったことから作曲を引き受ける。モーツァルトを精神的に追い詰めた暁にサリエリは、モーツァルトの葬儀にそのレクイエムを自身の曲として披露するつもりだった。
モーツァルトはレクイエム作曲にのめり込んでいき、愛想を尽かしたコンスタンツェは息子を連れて家を出ていく、コンスタンツェに愛想を尽かされ、途方にくれるモーツァルトの前にサリエリが現れます。サリエリがレクイエムの依頼人だとは知らないモーツァルトは、サリエリの叱咤激励とフォローによりレクイエム作曲に取り掛かる。
未完成のレクイエムの楽譜は、心を入れ替えて戻ってきたコンスタンツェにより諸悪の根源として取り上げられる。サリエリの企みなど知らないモーツァルトは、何かから解放されてかのように息を引き取るのだった。
神父は、モーツァルトを死に導いたサリエリの告白を聞き終え絶句します。サリエリは神から愛されたモーツァルトを破滅に導いたものの、モーツァルトのその後も音楽は愛され続け、サリエリの音楽は時代とともに忘れ去られていく。それでもサリエリは、勝ち誇ったかのように
「私はすべての凡人の代表」だと言い放つのだった・・・
映画情報&キャスト
『アマデウス』(字幕版)1984年 アメリカ
【原題】Amadeus
【監督】ミロス・フォアマン
【脚本】ピーター・シェーファー
【原作】ピーター・シェーファー
【制作】ソウル・ゼインツ
【製作総指揮】マイケル・ハウスマン
ベルティル・オルソン
【出演者】
アントニオ・サリエリ(F・マーリー・エイブラハム)
:オーストリア皇帝ヨーゼフ2世に仕えの作曲家。髪を敬愛し、人一番努力して人気音楽家の地位と名誉を手にした努力家。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(トム・ハルス)
:音楽家であった父レオポルトの英才教育で、幼少期から音楽の才能を開花することとなる。
コンスタンツェ・モーツァルト(エリザベス・ベリッジ)
:音楽家モーツァルトを支える妻としては力量不足
超感想中心の評価考察・レビュー
天才と凡人
映画の冒頭で神父がサリエリの曲には無反応だった
これが、全てを表しているよう、映画の主題であるとともに、サリエリの嫉妬の全て
巧妙に映画に視聴者を釘付けにする。
その神父は、サリエリの音楽を知らないと!言い放ち
モーツァルトの曲には反応を示します。
音楽に妥協を許さない天才モーツァルトと、クライアント受けする音楽を作り続けてきた凡人サリエリとの決定的な違いを表していると言えるでしょう。
天才も凡人も日々努力をしているのですが、妥協を許すか許さないかで命運が別れるのかもしれません。
誰もが知る音楽を作り続け、そして後世にまで心に残る音楽を残した、
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
偉大過ぎです
鮮烈な演出が生むドラマ:ミロス・フォアマンの手腕
ミロス・フォアマン監督の「アマデウス」は、映画史に残る傑作だ。フォアマンの演出は、彼自身の経験を映す鏡のよう。彼の過去、特に共産主義下のチェコスロバキアでの生活が、映画の自由な精神と反体制的な姿勢に影響を与えている。この作品でのサリエリとモーツァルトの対比は、フォアマン自身のアウトサイダーとしての感覚と重なる部分があり、観客に深い共感を呼び起こすのだ。
ビジュアルスタイル:色彩と光のマジック
「アマデウス」のビジュアルスタイルは、文字通り目を奪う。豊かな色彩と繊細な光の使い方は、18世紀のヨーロッパを華やかに再現している。映画の色彩は、モーツァルトの音楽のように生き生きとしており、彼の創造性と情熱を映像で見事に表現している。まるで音楽のノートが画面上で踊っているようだ。
映画の演出技術とビジュアル表現の深堀り
フォアマンは、細部にわたる注意と歴史的正確さに重きを置いた。衣装やセットのデザインは、当時のウィーンの宮廷生活を忠実に再現している。これにより、映画は単なる伝記映画を超え、一つの時代を完全に映し出している。フォアマンのこの徹底したリアリズムへのこ
だわりは、映画をより身近でリアルなものにしているんだよ。
ミロス・フォアマン監督の「アマデウス」は、映画史に残る傑作だ。フォアマンの演出は、彼自身の経験を映す鏡のよう。彼の過去、特に共産主義下のチェコスロバキアでの生活が、映画の自由な精神と反体制的な姿勢に影響を与えている。この作品でのサリエリとモーツァルトの対比は、フォアマン自身のアウトサイダーとしての感覚と重なる部分があり、観客に深い共感を呼び起こすのだ。
ビジュアルスタイル:色彩と光のマジック
「アマデウス」のビジュアルスタイルは、文字通り目を奪う。豊かな色彩と繊細な光の使い方は、18世紀のヨーロッパを華やかに再現している。映画の色彩は、モーツァルトの音楽のように生き生きとしており、彼の創造性と情熱を映像で見事に表現している。まるで音楽のノートが画面上で踊っているようだ。
映画の演出技術とビジュアル表現の深堀り
フォアマンは、細部にわたる注意と歴史的正確さに重きを置いた。衣装やセットのデザインは、当時のウィーンの宮廷生活を忠実に再現している。これにより、映画は単なる伝記映画を超え、一つの時代を完全に映し出している。フォアマンのこの徹底したリアリズムへのこ
だわりは、映画をより身近でリアルなものにしているんだよ。
ミロス・フォアマンのキャリアと「アマデウス」への影響
フォアマンの映画製作への道のりと「アマデウス」の位置づけ
ミロス・フォアマンは、チェコスロバキア出身の映画監督で、1960年代に自国で才能を開花させた後、政治的な理由でアメリカへ移住。彼の作品は、社会的なテーマや個人の自由を探求することで知られている。フォアマンは「アマデウス」以前に「カッコーの巣の上で」で大成功を収めており、これが彼のキャリアにおける重要な転機となった。しかし、「アマデウス」は、彼の映画製作の中でさらに異彩を放つ存在となり、彼の技術的な能力と物語性の深い理解を世界に示したんだ。
「アマデウス」とフォアマンの映画スタイルの進化
「アマデウス」はフォアマンのキャリアにおいて、彼のスタイルの成熟と進化を示している。この映画で彼は、歴史的な背景と複雑な人間関係を巧みに描き、観客をその時代に引き込んでいる。彼の映画は、個人の内面を深く掘り下げ、社会との関わりを探求することに特化しており、「アマデウス」でもこの特徴が色濃く出ているんだ。
受賞と映画界への影響
「アマデウス」はアカデミー賞で8部門を受賞し、特に監督賞と作品賞を獲得するなど、映画業界において大きな成功を収めた。この成功はフォアマンのキャリアにおいて決定的なものであり、彼の名を不朽のものとした。また、この映画は、歴史的な人物を扱いながらも、深い人間味を持ったキャラクターを描くこと
で、多くの映画製作者に影響を与えたんだ。特に、リアリズムとドラマのバランスの取り方、歴史を題材にした映画の新たな可能性を示したことは、映画業界に大きな影響を与えたよ。
「アマデウス」以降のフォアマンの作品
「アマデウス」の後も、フォアマンは映画製作を続け、その独特な視点とスタイルを保ちながら、さまざまなテーマに挑戦した。例えば「ラリー・フリント」では、アメリカの言論の自由に関する議論を描き、再びアカデミー賞にノミネートされるなど、高い評価を受けた。彼の作品は、常に社会的な問題や個人の自由といったテーマに焦点を当てており、「アマデウス」の成功は、彼がこれらのテーマをさらに深く掘り下げる機会を提供したんだ。
まあ、要するに「アマデウス」は、フォアマンの映画製作における重要なマイルストーンであり、彼の影響力を映画界全体に拡大するきっかけとなったんだよ。この作品は、フォアマンのキャリアにおけるクライマックスであり、その後の映画製作にも大きな影響を与えている。まさに映画史に残る傑作で、フォアマンの映画製作スタイルの集大成と言えるね。
映画「アマデウス」の原作と歴史的背景:フィクションと現実の交錯
原作の背景と映画化への道
「アマデウス」の原作は、イギリスの劇作家ピーター・シェーファーが手掛けた。
彼は、ロシアの作家アレクサンドル・プーシキンの芝居『モーツァルトとサリエリ』にインスパイアされ、モーツァルトとサリエリの史実とフィクションを織り交ぜた舞台脚本を書いたんだ。
この舞台版「アマデウス」はトニー賞を受賞し、映画化された時、原作者のシェーファーもスクリプトに関わり、アカデミー賞を獲得している。
ちなみに、「アマデウス」というタイトルは、モーツァルトのミドルネームから来ているんだ。「神に愛される」って意味
モーツァルトVSサリエリ:史実と映画の対比
映画では、モーツァルトとサリエリの対立がドラマティックに描かれている。
でも、実際の歴史では、この二人の関係はそこまで敵対的ではなかったみたい。
確かにライバル関係にはあったけど、許容範囲内のもので、サリエリがモーツァルトの死に関与したという証拠はないんだ。
サリエリは、音楽界の派閥争いでターゲットにされていたことはあるけどね。
史実のモーツァルトとサリエリ:才能とその影響
本物のモーツァルトは、子供の頃から音楽の才能を父によって伸ばされ、大人になってもその才能を生かして革新的な音楽を作り続けた。
一方のサリエリは、劇中のキャラクターと違って、音楽界で成功を収め、天寿を全うしたんだ。
彼はベートーヴェンやシューベルト、さらにはモーツァルトの四男フランツ・クサーヴァーを指導したんだよ。
まさに音楽界の大物だね。
むしろ、モーツァルトより、恵まれてるのでわ。。。
関連考察:映画の創作と史実のバランス
この映画の面白いところは、史実とフィクションのバランスが絶妙
映画を見ていると、モーツァルトとサリエリの関係が実際にあったかのような印象を受けるけど、これはシェーファーの創作の力だね。
実際の歴史と映画の間には、いくつかの飛躍がある。例えば、モーツァルトの死因が病死の可能性が高いのに、映画ではサリエリが関与したかのように描かれている。
これは、映画としてのドラマを高めるための手法だよ。
また、サリエリがモーツァルトの才能を妬んでいたという描写も、史実では確認されていない。
でも、映画ではこの対比がとても効果的に使われている。サリエリがモーツァルトの才能に嫉妬する様子は、観客に深い感情を呼び起こすんだ。
さらに、サリエリが他の大音楽家を指導したという事実は、映画ではあまり強調されていないけど、これも重要なポイント。
実際にはサリエリも非常に優れた音楽家で、その功績は映画の枠を超えて認められるべきだね。
映画「アマデウス」は、モーツァルトとサリエリという二人の音楽家をめぐるドラマを見事に描いている。史実とフィクションの融合が、この映画の魅力の一つだね。そして、その中で描かれる人間ドラマは、観客に深い印象を与える。まあ、映画というのは、史実をベースにしつつも、創作の自由を駆使して物語を生み出す芸術なんだよ。
サリエリ:F・マーリー・エイブラハムとわ
F・マーリー・エイブラハムは本作でアカデミー賞主演男優賞をゲットしています
たぶん誰でも見た事があると思います。
本作の数年後も、ショーン・コネリーの『薔薇の名前』で悪の
いや、当時は悪じゃないか、異端審問官役をやっています。
本当に演技力が高く、妬み・恨み・ねぶる、イジメる
そんな表情の表現力が抜群に高い、好きな俳優の一人です。
F・マーリー・エイブラハムとそのキャリア:「アマデウス」の光と影
「アマデウス」でのブレイクスルー
F・マーリー・エイブラハムは、「アマデウス」でアントニオ・サリエリを演じ、アカデミー賞主演男優賞を受賞した。
この役で彼は国際的な名声を獲得し、彼の演技力が広く認識されるようになった。エイブラハムはサリエリの複雑な感情を巧みに表現し、モーツァルトに対する嫉妬と尊敬の入り交じった心情を見事に演じきったんだ。
キャリアの変遷と同時期の作品
しかし、「アマデウス」の成功にもかかわらず、エイブラハムのその後のキャリアは一貫した成功を収めたとは言い難い。彼は多くの映画やテレビ番組に出演したが、同じような影響力のある役は少なかった。
彼の出演作には、例えば「スカーレット・レター」や「フィンディング・フォースター」などがあるけど、これらは「アマデウス」ほどの評価は得られなかったね。
個人的には、独特の鋭い眼光から、悪役を務めることが実に多い彼のスタイルは、嫌味っぽさの鏡的に好きだ。
本作の数年後も、ショーン・コネリーの『薔薇の名前』で悪の
いや、当時は悪じゃないか、異端審問官役をやっています。
本当に演技力が高く、妬み・恨み・ねぶる、イジメる
そんな表情の表現力が抜群に高い、好きな俳優の一人です。
評価の高低とその原因
エイブラハムは、才能あるキャラクター俳優として評価されている。
ただ、彼が「アマデウス」で示したようなレベルの演技を他の作品で再現することが難しかったのは、彼のキャリアにとっての課題だったかもしれない。
エイブラハムはしばしば型にはまらない役柄を選んだが、そのために一部の映画では演技が過剰に見えることもあったんだ。
その後のキャリアと影響
エイブラハムは、舞台演劇にも強い関心を持っており、映画以外の分野での活動も評価されている。
彼はシェイクスピアの作品などでの演技も高く評価されているんだ。また、彼の映画に対する情熱と演技への献身は、多くの若手俳優にとって刺激になっているはずだよ。
まあ、F・マーリー・エイブラハムのキャリアは、「アマデウス」における彼のピークとそれ以降の役柄の差異によって特徴づけられるけど、彼は常に才能ある俳優としてその地位を保っている。
彼の持つ個性と才能は、映画界において貴重なものだと言えるね。
モーツァルトをアントワネットのほのぼのエピソード
1762年、父の音楽教育が実を結びモーツァルトはわずか6歳で、オーストラリアの女帝マリア・テレジアの前で演奏することとなり大成功したようです。
音楽に関してはプロフェッショナルなモーツァルトですが、
遊び盛りの6歳児は元気いっぱいに飛び跳ねて転んでしまいます。そこへ駆け寄ってきた7歳のアントワネットの優しさに惹かれたのか、モーツァルトはアントワネットにプロポーズとした逸話が残っているようです。
ホントかよって感じですがね
本当なら、この時にケーキをあげていれば
結婚していれば
フランス革命は無かったのか?
なんてね
映画の感想まとめ
劇中と同じく後世に残ったのは神に愛されたモーツァルトの音楽
奇しくも、映画『アマデウス』によりサリエリの音楽は再評価されているようです
面白いねですよね。
何がきっかけになるのか、わからない
サリエリを扱った映画は『アマデウス』に以外にはないようですが、モーツァルトを扱った映画には『ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路』(2010年)や『プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード』(2017年)があります。
本作の監督は、ミロス・フォアマン
メッチャ巨匠で、『カッコーの巣の上で』や『マン・オン・ザ・ムーン』なんかでもメガフォンを取っています
そちらも、要チェックです!
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