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『楽園』限界集落で起こる必然!悪意と善意の定義が錯綜する楽園の意味とは:動画配信・映画感想あらすじ考察

2021-04-02

映画『楽園』は2019年公開、日本のサスペンス映画で綾野剛の佐藤浩市の好演が目に留まります!青田にあるY字路で12年前、幼女誘拐事件が発生。それがきっかけとなり様々な悲劇が起きていく。。。

なんか、楽園って、タイトルでだまされそうですが

入り組みまくって、ぐちゃぐちゃです

面白くないって意味ではないです。精神的に追い詰められる感半端なしです

綾野剛、杉咲花、佐藤浩市などの豪華キャストが熱演!!

それだけでも、期待大ですよね。

「犯人は誰なの?」と予告を見て思った方もいらっしゃるのではないでしょうか?

見ていくうちにどんどん展開が気になっていきます。

めっちゃおすすめの作品です!

5のおすすめ(5点満点)

それでは見ていきましょう

あらすじ ネタバレあり

小学生の幼女(愛華)がY字路で姿を消す事件が起きたが、犯人も被害者も見つからないまま時が過ぎていく

カンボジアから帰化した、中村豪士はよそ者として蔑んだ人々の目に耐えながら、母親とともにリサイクル品を売りながら暮らしていた。幼女失踪の事件発生当時、被害者と最後まで一緒にいた友達の紡もその時の負い目と一緒にいたと言う気持ちの責任を負ったまま大人になっていった。

12年後
豪士と紡はふとしたことから出会い、徐々に仲良くなっていった。そして再び12年前と同じ場所で幼女失踪事件が起きてしまう。村人たちは豪士を追い詰め、豪士小さい頃の迫害のフラッシュバックから精神的追い詰められ、自害してしまう。

都会からやってきた養蜂家の田中善次郎はいわれのない、村八分に遭い耐えられず精神が崩壊し、多数の村人を惨殺した上、豪士と同じ運命を辿ってしまう

村人の閉鎖的で排他的な差別に、紡は未来を憂いていくのだった
そして、雑踏の中で「愛華~」と呼ぶ声を聴き、どこかで12年前に失踪した友達が生きていることを信じていた

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映画情報&キャスト

『楽園』 2019年 日本
【監督】瀬々敬久
【脚本】瀬々敬久
【原作】吉田修一
【音楽】Joep Beving
【撮影】鍋島淳裕
【出演者】
中村豪士(綾野剛)
 :母親とリサイクル品の販売をしている青年で、少女失踪事件の容疑者と疑われてしまう。
湯川紡(杉咲花)
 :12年前に起きた幼女誘拐事件の被害者と直前まで一緒にいたために、ずっと心に傷を持って暮らしている。
野上広呂(村上虹郎)
 :紡に恋い焦がれている幼馴染。
黒塚久子(片岡礼子)
 :善次郎を気にしている女性。
中村洋子(黒沢あすか)
 :豪士の母親。
田中紀子(石橋静河)
 :善次郎の妻。
藤木朝子(根岸季衣)
 :五郎の妻で、幼女誘拐事件の被害者の祖母でもある。
藤木五郎(柄本明)
 :幼女誘拐事件の被害者の祖父。
田中善次郎(佐藤浩市)
 :集落に静かに暮らす養蜂家。

超感想中心の評価考察・レビュー

原作について

本作は吉田修一の短編集「犯罪小説集」を映画化したもので、その中の短編「青田Y字路」「万屋善次郎」の二つの作品を組み合わせて作ったものです。

作家 吉田修一さんの今までの作品にも触れていきたいと思います。
吉田修一さんの作品は映画化されたものが沢山あります。

例えば、藤原竜也さん主演の「パレード」、妻夫木聡さん主演「悪人」、渡辺謙さん主演「怒り」など多数の作品があります。

どの作品も重厚なサスペンス作品ですよね。
見ごたえのあるものが多いように感じます。

本作もこの原作を合わせて読むと面白いかもしれません。

映画としても、ヴェネチア国際映画祭に正式出展もされています。

本当の事件・事実? 元ネタは

本作には元ネタとなった事件が存在しています。

本物の事件です・・・

先ほども書いたように、二つの短編小説を組み合わせています。
なので、元ネタ自体も二つの事件を組み合わせて作られているようです。

まず、一つ目は「青田Y字路」。
これは「北関東連続幼女誘拐殺人事件」が元ネタだと言われています。

この事件は1979年に発生した女児連れ去り事件に続き、1984年、1987年と続いた事件です。
また、被害者は10歳に満たない女の子であり、遺体の状態で発見されています。
しかも、いまだに犯人は捕まっておらず、未解決のままなのです。

原作の「青田Y字路」と見比べてみると、同じ地域で繰り返され、被害者は女児であるということ、犯人が見つかっていないという点が類似しています。

二つ目は「万屋善次郎」。
これは「山口連続放火殺人事件」だと言われています。

この事件は集落で5人の老人が亡くなった殺人、放火事件で、いずれも鈍器などの殴打で被害者は亡くなっています。
また、犯人は被害者の隣人であった男性だったといいます。彼は山中に逃亡しましたが、山道で確保されています。
犯人の動機としては「自分の悪口を言っている」と思い込み、事件を起こしてしまったのです。

原作の「万屋善次郎」では村おこしが出来なくなり、事件を起こしてしまいます。
田舎の集落を舞台にした住民とのトラブルにより、彼の精神が正常ではなくなってしまった点などが類似しています。

こういう元になった事件を思い出してみると、さらに本作の見方も変わってきますよね。

真犯人は誰なのか 考察

先ほども書いたように、犯人は誰なのか気になっている方もいらっしゃるかもしれません。

沢山の登場人物がいる中では、
一番有力なのは綾野剛さん演じる豪士なのではないかと思われます

途中で豪士の、不気味ななんとも言えない笑顔とは言えない、”笑み”がそういったことを連想させます

地元の住人たちは豪士が怪しいと思い、
彼が住むアパートに押しかけ、少女を見つけようとしましたが、

その様子を見た豪士はパニックになり、自殺を図ってしまいます。

ラストに紡の妄想で豪士が失踪した幼女と話し、後を追いかけるシーンが登場します。
地元の人々が言うように豪士が犯人だと思いこむことで、区切りをつけるために紡が想像をしているのです。

実際、本当の犯人は分かりませんでした。
しかし、前に進んでいくために、紡にとっては必要なことだったのではないかと思います。

彼女の気持ちを考えると、居たたまれないですよね。
ずっと友達を失った悲しみを背負って生きるのは辛いはずです。
区切りをつけて、彼女には前向きに生きていって欲しいものです。

ラストシーンの意味 解釈

豪士が犯人であるという示唆がある一方で、ラストシーンの解釈には一考の価値があります

呑んだあとに、紡は、夜の雑踏で
「愛華~」

と呼ばれたような声を聴きます

この愛華が本人かどうかはわかりませんが、
この示唆するところでは、

所詮、紬も村人同様に、閉鎖的で差別をしている人間であったということです
だって、前段の考察で書いたように、自分の中の決着では豪士を犯人であると折り合いをつけていたのだから・・・

そして、読者・視聴者も同じ、私も同じ

「豪士が犯人じゃないか」と、思った時点で

村人と何ら変わらない、恐ろしい村人たちと変わらない存在なのです

善次郎は悪なのか? ”楽園”とは

豪士と同じく善次郎も村人たちの意識から迫害を受けました

豪士も善次郎も、限界集落を楽園だと思っていました

カンボジア難民の豪士、蜂を育てるのに最適な田舎で暮らしに夢を見ていた善次郎

二人とも、明るい未来を見ていたはずです

確かに表面上は、綺麗なただの田舎

人が良い人たちばかり、

でも一旦道を踏み外す(村人に交われないと)と、そこは楽園ではなく地獄と化すのです

そんな村人を襲った、善次郎を誰が責める事ができましょうか・・・

この精神の壊れ方を、豪士と善次郎を通じて、2重で畳みかける映画の演出手法は素晴らしい

精神的に、「楽園」って言うタイトルからもやるせなく、なってしまいます。

ちょっと系統違いますが、『ミスト』的な恐ろしさとやるせなさを感じました。

田舎の恐ろしさ 閉鎖・排他的な差別意識

本作の舞台は限界集落。

都会と違い、田舎の噂はすぐ広まってしまうものです。一人の人間が悪い噂をすれば、次々と町中に伝わっていきます。
それは、嘘であっても真実であっても変わりません。
その様子が本作ではよく表現されています。

例えば、綾野剛さん演じる豪士が犯人だと疑われてしまう場面。
アパートまで地元の住人達に押し入られてしまうのです。
そこまでしなくても・・・と思ってしまいますよね。

また、佐藤浩市さん演じる田中善次郎が村八分になり、地元の人々から嫌がらせを受ける場面。
都会であればこのようなことは起きないはずです。田舎だからこそ起きる事件ですよね。

きっと豪士も善次郎は楽園だと思ってこの場所に来たはずです。
のどかで静かに暮らせる場所だと思って、移り住んだはずです。
しかし、二人にとっては楽園と呼べるような場所ではありませんでした。
むしろ、この場所に移り住んだことで、地獄のような生活を強いられてしまったのです。
そう考えると、とても胸が締め付けられる思いですよね。

人によって楽園は違います。
私達は、自分なりの楽園を見つけて、生きやすい場所を見つけなくてはいけないのかもしれません。

映画の感想まとめ

自分にとっての楽園はどこなのか、と考えさせられる作品でした。

犯人が分からなくてすっきりしない部分もありますが、豪華な俳優陣たちの演技がとにかく素晴らしく、それを見るだけでも一見の価値があります。

重厚なミステリー、サスペンスが好きな方には、とてもおすすめの作品です!